-
電子材料事業部
機能薄膜材料部長(※1)勝田 修之※1 取材当時
-
住華科技(股)有限公司
彩色光阻技術支援部
協理(※2)田中 聡※2 取材当時
PROJECT02
荒唐無稽な挑戦で
常識をくつがえした
ダイブライト
誕生秘話
※1 取材当時
※2 取材当時
米国で最初の液晶ディスプレイが考案されたのが1964年。当初は小型パネルへの白黒での適用であったが、1990年代にカラー化され中型パネルへの適用、2000年代に入ってブラウン管テレビの代替品として使用され始めた。その後、またたく間に、画質競争が始まり、わずか四半世紀の間に世界中のディスプレイは液晶へと姿を変えた。さらに有機ELテレビや量子ドット型LED テレビなど、液晶以外の多様なディスプレイも登場し、フラットパネルディスプレイは日進月歩の技術革新が続いている。
これらのディスプレイのほとんどは、光の三原色である「赤(R)」「緑(G)」「青(B)」からなるカラーフィルターに光を透過させて色を表現する。カラーフィルターを製造するうえで、その性能を左右させるのがカラーレジストだ。一般的なカラーレジストは、着色成分である微分散化された顔料と光硬化性のある樹脂溶液で構成されている。カラーフィルターの性能は、着色成分である顔料の性能に大きく影響され、それがディスプレイのコントラストや明るさ、さらには色再現性などを決める重要な要素になるのだ。
かつて液晶ディスプレイは、表示画面の高色再現化・高精細化、製品の省電力化などを経て進化を遂げてきた。しかし、高スペックを追及するほど表示画面が暗くなるのが欠点だった。2006年、液晶ディスプレイの製造を担う企業は、こぞって「より綺麗に」「より明るく」という市場ニーズを追っていた。だが、カラーレジストに使われている顔料の微粒子化に限界があり、欠点を打破できずにいた。
「顔料」は主に塗料や化粧品などに使われ、水にも溶剤にも溶けず固体粒子のまま分散させて使用する色素だ。一方「染料」は、分子量が小さい有機化合物で、水や溶剤に溶ける特徴がある。衣料の色づけに使われるケースが多く、いくつかの色を混ぜ合わせることで比較的簡単に新しい色をつくれるところが利点だ。
2006年当時、カラーレジストの顔料特有の技術的な限界は、カラーフィルターの製造を担う技術者の前に乗り越えられない壁のように立ちはだかっていた。「染料を使えば、より美しい液晶ディスプレイをつくることができる」、「顔料ではなく染料を使ってみてはどうか」。議論は何度となく繰り返されたが、染料ではカラーフィルター製造プロセスに求められる熱安定性や光安定性が明らかに欠けていた。勝田は言う。「染料を使ってカラーレジストを作りますと私が言えば、誰もが口をそろえて『それは無理でしょう。顔料に勝てるわけがない』と答えました。当時は、それだけあり得ない選択だったのです」。
時同じくして、住友化学の子会社である韓国・東友ファインケムに出向し、韓国の液晶ディスプレイ業界の最前線に身を投じていた田中もこう語る。「韓国の業界でも、染料を適用したカラーレジストは全く信用されていませんでした」。
「染料に対する信頼性ゼロ」。社内外から厳しい意見が飛び交うなか、プロジェクトメンバーには共通の想いがあった。勝田はこう振り返る。「確信はなかったけれど、現場では誰も染料のカラーレジストが開発できないなんて思っていませんでした。それよりも、ここで他社と差のつく挑戦的な製品開発をしなければ、いずれ価格競争にやぶれ、市場から撤退することになるかもしれない。そんな未来を想像するほうが怖かったのです」
住友化学には、衣料用染料のノウハウを持つ“色のプロフェッショナル”がたくさんいた。勝田と田中もまた、かつては衣料用染料開発の研究者だった。住友化学が培ってきた染料開発、色設計、分子設計、工業化の力を結集すれば、新しい染料を生み出すこともできるはずと考えたのだ。
しかし熱意とはうらはらに、プロジェクトは何度となく辛酸をなめた。住友化学が持つ衣料用染料のデータベースをもとに、最適な材料のスクリーニングを繰り返したが、液晶ディスプレイ用カラーレジストに使用できる染料は見つからなかった。だが、事態はある試みで急変する。「顔料と染料を混ぜたらどうか」。研究者にとっては荒唐無稽なチャレンジだった。顔料と染料を混ぜれば顔料になる、それが常識だったからだ。しかし、顔料と染料のハイブリッド化は研究者の予想を裏切り、業界の常識をひっくり返した。顔料の耐熱性、耐光性、耐薬品性と、染料の輝度を両立させたのである。
液晶ディスプレイのカラーフィルターは「赤」「緑」「青」の三原色で構成されている。つまりカラーレジストも3色必要となるが、従来の顔料系カラーレジストでは、他の2色よりも輝度の低い「青」の鮮明化が課題だった。幸いにも、顔料と染料のハイブリッド化は「青」から成功した。従来の「青」には、ブルーとバイオレットの顔料が使われていたが、そのバイオレット顔料を独自開発したバイオレット染料に変更することで輝度がはね上がった。顔料・染料のハイブリッド・ブルーを持って、勝田は顧客の元へと走った。
染料の適用だけでなく、三原色のうち「青」が明るくなった事実は顧客を大いに驚かせた。業界内では「青」を明るくするのは無理、というのが常識だったからだ。一方で、従来のラインを染料に変更すると、ラインが汚染されるのではないかという染料へのマイナスイメージは根強かった。勝田はまず、日本でラインテストを受け入れてくれた企業に足しげく通った。韓国の東友ファインケムから帰国した田中は、東友ファインケムでのラインテストを実施。韓国市場での展開を視野に入れて動き出した。無事、両国でのラインテストで満足のいく結果が出たころには、最初の顧客提案から2年が過ぎようとしていた。
顔料・染料のハイブリッドカラーレジストは「DyBright ®」と名づけられた。現在、最初に成功した「青」は、液晶ディスプレイ業界におけるデファクトスタンダードに指定されている。「青」に次いで「赤」も上市した。現在は、「緑」の開発を進めるとともに、プロジェクト開始時からの目標である「オールダイ(=すべてを染料に変えること)」も視野に入れている。これは、住友化学がすでに競合他社が追いつけないレベルへと成長した証でもある。
田中は、まるで昨日のことのように生き生きと語る。「ブルーの製品を出したとき、業界が一変しました。それまでの常識を覆す出来事が起こったのです。その空気感を肌で感じられたことは、とても大きな財産です。こんな経験はなかなかできるものではありません」。勝田が続ける。「プロジェクトを成功させられた理由の一つは、長い歴史の中で積み重ねてきた基幹技術が住友化学にあったからだと思います。既存の豊富な技術を融合すれば、新しい展開へと結びつけることもできる。そんな成功例を見せられたのではないでしょうか」。
液晶ディスプレイに始まり、現在は各種新規ディスプレイメーカーが、韓国、台湾、中国へと広がり、「DyBright ®」の世界シェアは今なお拡大中だ。ここ数年の飛躍的なディスプレイの高性能化には、「DyBright ®」の開発に尽力した勝田、田中をはじめとするプロジェクトメンバーの心血が確かに息づいている。